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就職・進路支援

松田健志さん

お名前:松田健志さん

卒業学部:国際文化学部国際文化学研究科修士課程

卒業年:2002年3月(国際文化学部)
    2006年3月(国際文化学研究科修士課程)

所属会社名:株式会社シー・ディー・シー・インターナショナル

勤務地:スーダン

1:現在のご職業を選んだ理由と仕事内容について教えてください。

私は現在、「開発コンサルタント」という職業に就いています。「開発コンサルタントは、援助実施機関である国際協力機構(JICA)、世界銀行、アジア開発銀行などが発注するプロジェクトを受注・契約し、実際に開発途上国で計画立案・設計、技術移転などを行っています」(http://www.ecfa.or.jp/japanese/index.htmlより)。いわば、国際協力の現場の最前線で働く仕事です。

この職業に就く直接のきっかけは、2008年6月~2010年6月まで、カメルーンでJICAの青年海外協力隊の村落開発普及員として活動していたことです。帰国する半年前頃からは、将来は国際協力のプロとなって、アフリカに恩返しがしたい、そんな風に思っていました(協力隊に行ったことで、様々な経験ができたので、その恩返しという意味です)。そして帰国後、2010年11月から今の職業に就いています。

仕事内容ですが、入社後の最初の1年半は、海外で活躍する開発コンサルタントの先輩方のバックアップ業務を国内でしながら、開発コンサルタント業界のことを学びました。具体的には、JICAとの契約や精算業務、航空券の手配などのロジ業務などです。

そして、2012年6月から現在まで、JICAのスーダン国「農業再活性化計画」実施能力強化プロジェクトに参加しています。プロジェクトでは、陸稲栽培を通して、栽培技術の移転や農業省のスタッフの人材育成に取り組んでいます。私の業務内容は、プロジェクトの進捗管理、研修の企画・実施、現場での陸稲栽培のモニタリング、報告書の作成、JICA側とスーダン政府側との調整、プロジェクトの広報活動、各種ロジ業務などです。

2:海外に行くきっかけは?

最初のきっかけは、学部で募集していたオーストラリアへの5週間の語学留学に参加したことでした。ホームステイ先での生活や学校で異文化に触れ、そして日本を外から客観的に初めて眺めました。その視点が画期的で、自分の視野が大いに広がった感触があり、とても感動しました。その後、研究テーマであったインドの貧困問題の調査のために親和会の海外研修奨学生制度を利用して、2度インドに行きました(学部時代10日、院時代1ヶ月)。初めての発展途上国で、急性胃腸炎になったりぼられたり、予定通りに事が進まなかったり(笑)、当時は嫌になるくらい苦労しましたが、今となっては貴重な経験だったと思います。その後、交換留学制度を利用してイギリスのウェストミンスター大学で10ヶ月間学びました。それら全ての経験が卒業後の協力隊につながり、今の仕事につながっていると思うと、龍谷大学に感謝です。もし龍谷大学に来ていなければ、今の自分はなかったかもしれません。中でも、やはり一番最初のオーストラリアの5週間での感動が、その後の全てのきっかけになったのだと思います。

3:海外で働く上で、苦労したことは何ですか?

一番は日本の常識、価値観が通じないこととそれへの対応です。これは2年間住んでいたカメルーンで大きく感じました。時間感覚の違い(約束時間の2時間遅れは当たり前)、計画や段取りなしで物事を初めてしまう、5人乗りのタクシーに14人乗るなど、生活や仕事の色んな場面で常識・価値観が全く違うと感じました。

仕事でジレンマだったのは、我々の世界の常識と現地の常識、どちらを優先するかということです。日本や欧米では、何でも合理的で効率良く進める風潮があり、それは世界の共通の価値観だと思っていました。しかし、カメルーンでは必ずしもそうではないことがありました。例えば、カメルーンの村では焚き火で料理をします。多くの薪を必要とし、熱効率も悪く、料理に毎日3時間くらいかかっていました。そこで私は改良かまどを提案しました。それを使えば、熱効率が上がり、薪も少なくてすみます。調理時間と薪集めの時間が短縮でき、その空いた時間を有効に使えば少しずつ村落開発につながるのではと思いました。しかし、村の人たちは3時間かけて家族でおしゃべりしながら料理することを楽しんでいるように見えました。効率よく時間を節約するよりも、人とのコミュニケーションの方が大切なのかもしれないと思いました。

しかし、完全にカメルーンの常識に合わせていたら、わざわざ日本人が発展途上国で活動している意味もないため、自分の意見や考えも伝えていかなくてはなりません。けど、我々の常識、価値観の押しつけでもいけません。この辺りの葛藤が苦労したことです。これはこの先どの国で活動しても付いてくる問題だと思いますので、常に意識として持ちながら仕事しています。

4:海外で働く上で、感動したことは何ですか?

新しい国に行くたびに、新しい文化、価値観に触れて、自分の視野が広がることは、感動することであり喜びでもあります。同じ発展途上国でも、インドとカメルーンでは様々に違いがありましたし、同じアフリカでも、カメルーンとスーダンも、言葉、文化、習慣、風習、国の雰囲気、全てが全然違います。まだ行った国の数は少ないですが、開発コンサルタントとして色々な国を訪れて、自分自身の視野をもっと広げていきたいです。

5:海外(現地)で聞いた忘れられない言葉は何ですか?

「健志君は日本語と英語と関西弁ができるじゃないか!」

学部時代にインドへ行った際に年上のインド人大学院生に言われた言葉。インドの大学では英語で授業を受けます。母語と英語が堪能なのはもちろんのこと、英語以外の外国語を学びます。この学生は日本語も日本人のようにペラペラで、他にもう一言語できる言葉もあり、計4カ国語が堪能でした。世界の大学生と自分の差を痛感していた時にかけてもらった励ましの言葉で、日本語で言ってくれました。

6:大学時代に一番頑張ったことについて教えてください。

とてもシンプルですけれども、毎回の授業や研究を一番がんばりました。それが今の自分にとって、一番力になっていると思います。また、図書館でよく英語の勉強もしていました。

7:授業やクラブ・サークル活動など、学生時代の経験(身につけた能力)が今の仕事に生きていると感じるのはどんな時でしょうか?

大学院時代に学んだ研究手法や論文を書くスキルは、開発コンサルタントとして報告書を執筆する時におおいに役立っています。報告書は、JICAに提出するもの(和文)と相手国政府に提出するもの(英語など外国語)と2種類あり、修士論文程度の長さになることもあります。英語に関しては、イギリス交換留学時に学んだAcademic Writingの授業が今でも基礎になっています。

8:龍谷大学生(後輩)へのメッセージ

学生時代の時間は本当に貴重だったなと、今まさにそう思います。社会に出ると分かると思いますが、勉強は大学で終わりではなく、社会に出てからも勉強をしていく日々は続きます。いや、社会に出てからが勉強の始まりかもしれません。語学であったり、資格であったり、自己研鑚であったり、色々と。しかし仕事をしながらだと、やはり時間的には制限されてしまいます。ですので、まとまって集中的に勉強のできる学生時代は本当に貴重ですし、将来の自分の基礎になると思います。将来どんな自分になりたいかを想像しながら、後悔しないように、毎日有意義な時間を過ごしてください。